日本語
郡上の地みそ 宝暦みそ

郡上の発酵に興味を持ち、いろんな郡上の醸造所を巡り始めるきっかけになったのは、郡上の「地味噌」。

夫の母が郡上で生まれ育ったことから、夫は幼少期から郡上の地味噌を口にする機会が多く、子供ながらに「なんて強い風味なんだ」と思ってきたそう。今住んでいる場所は愛知県で、力強い味わいの「豆味噌」を口にすることが多いけれど、郡上の「地味噌」はもっと主張が強いそう。

気になって郡上のいくつかの「地味噌」を口にしたら、確かに愛知で出会う豆味噌よりも香りの主張が強い。

それでありながら、お味噌汁にすると豆味噌よりお出汁の風味が活きていて後味スッキリ。初めての味噌の風味に驚き、地元の人からお勧めいただいた、「宝暦みそ」で知られる味噌蔵「畑中商店」を訪ねました。

日本で唯一の製法!
古来郡上の農家が受け継いできた製法を守り続ける

日本で唯一の製法!
古来郡上の農家が受け継いできた
製法を守り続ける

郡上の地みそ 宝暦みそ01

郡上八幡から車で20分ほどの大和町万場。五月雨に濡れて山の樹木がキラキラと輝くのどかな景観に見惚れていると、凛とした小柄な女性が立っているのが見えました。もしかして!と看板を確認すると「畑中商店・宝暦味噌」。畑中商店の3代目の奥様・畑中美里さんが元気いっぱいに迎えてくれ、そのままハツラツと蔵の中を丁寧にご案内くださいました。一つひとつの言葉や目線が愛に溢れていて、すぐに惹かれる私。

郡上の地みそ 宝暦みそ02
郡上の地みそ 宝暦みそ03

「古くから郡上の農家さんがやっていた製法を守り続けています。8斗の大豆を煮て、2斗の大麦を煎っています。蒸した方が1度でたくさんの大豆に火を入れることができるけれど、郡上で受け継がれた造り方を私も大切にしたい。家庭では煮たほうが簡単だったのかもね。今から58年前の昭和37年に発刊された郡上郷土史に『昔のやり方』として載っているのと同じ製法なんですよ」
美里さんが優しい表情で教えてくれました。材料もなるべく近くのものをと、岐阜県産の大豆と北陸の大麦と、鳴門の並塩を使います。

郡上の地みそ 宝暦みそ04

そして、煎った大麦を割って種麹と混ぜたら茹でた大豆に均等にまぶし、箱に小分けして室へ。
「地味噌の仕込みは12〜4月。大麦は粘りやすいので、寒い時期が適しています。室の中で温度管理をし、手でほぐしたり箱を積み替えながら育て、4日目の朝に室から出していよいよ仕込み」。

隣で、麹屋を営む夫が「ええ!?」という表情で聞いています。いろんな味噌を造り、味噌の文献をたくさん読み、全国各地の味噌蔵を巡ってきた夫からすると、畑中商店さんの味噌造りは「材料も製法も聞いたことがない。これ、日本唯一の味噌だよ」。

大豆麹は通常「蒸す」もの。煮た大豆を麹にするなんて聞いたことがありません。
豆は水分が多いと雑菌が湧きやすいので、大豆麹が根付く愛知の麹屋の立場からすると煮るメリットが思い当たらない。また、豆味噌を造る場合、大豆に対して1%程度の大麦を「香煎」として使うことはよくあるが1〜2%程度で、2割も使うなんて聞いたことがない。麦味噌の場合は大麦の割合が多いけれど、麦のみ麹にして大豆は麹にしないのです。

家庭で造られてきた味噌を、商売へと発展させた蔵は全国よくあるけれど、多くは企業として成り立たせるために効率的なやり方にしたり、多くの人に好まれる味に整えたりするもの。でも、畑中商店は家庭の製法と味を貫いています。「不思議なくらいだよ。でもそれはやっぱり郡上の伝統を大切にしようという気持ちの強さの現れだし、郡上の人も支持している証拠だよね」と敬意を表します。

郡上の地みそ 宝暦みそ05

「まずは材料を混ぜやすい60〜70ℓ入る2斗のプラスチック容器に麹と水と塩を入れて混ぜ、約1ヶ月後に900〜1000kg入る大きな容器に移し替え、木の重石を乗せて寝かせます。移し替える作業は、『天地返し』の役割にもなります」

郡上の地みそ 宝暦みそ06

こうやってできた地味噌がこちら。とろっとろ。
「やっぱり柔らかい! 愛知に住んでいるし、職業柄豆味噌のことは詳しいけれど、豆味噌ってけっこう硬いんだよ。こんな豆味噌、郡上だけじゃない?」と首をひねる。
もともとは1つの桶から醤油と味噌をとってきた名残だけれど、それでもこの柔らかさが支持され続けている。

夫が味見。ちなみに、夫は職業柄、冷蔵庫の半分以上を世界各地で造られた多種多様な味噌で埋め尽くすくらい味噌を探究している。「あ!まさに子供の頃から味わっている郡上の癖の強い味噌。そして、実は味噌単体をじっくりと味わったのは初めてなんだけど、強めの塩味と酸味が合わさって、旨味の輪郭をはっきりとさせている。このトロッとした形状も、溶やすくて使いやすくていいよね」と嬉しそう。

美里さんにも、畑中商店の地味噌についてどのような印象をお持ちか尋ねたら、「田舎くさい」とキッパリと言うものだからみんなで大笑い。
「癖が強い香りやろ~?それにハマる人もおれば無理な人もおるんよ。そんでええんやで~。この土地で愛され続けとる風味やもんでなぁ~」。畑中商店が造る地味噌があるから、郡上に住む人たちが代々愛してきた家庭の味を楽しむことができます。大切なお仕事を、誇りを持ってやっていらっしゃる姿がかっこいい。

郡上の地みそ 宝暦みそ07

なお、事前予約をすればいつでも見学が可能。商品は畑中商店で買えるほか、「道の駅 古今伝授の里 やまと」の物産コーナー、「湯多花の市」、「ぎふ大和パーキングエリア」、「郡上旬彩館 やまとの朝市」、「大和リバーサイドタウンPio」、「Aコープおくみの店」、「Aコープ郡上店」でもお買い求めいただけます。郡上で愛され続けてきた地味噌をお楽しみください。

郡上の地みそ 宝暦みそ01 郡上の地みそ 宝暦みそ03 郡上の地みそ 宝暦みそ05 郡上の地みそ 宝暦みそ07
郡上の地みそ 宝暦みそ02 郡上の地みそ 宝暦みそ04 郡上の地みそ 宝暦みそ06

畑中商店の地味噌を使った料理を、
地元の飲食店「八屋」で食べて舌鼓

畑中商店の地味噌を使った料理を、
地元の飲食店「八屋」で食べて舌鼓

郡上の地みそ 宝暦みそ08

せっかくなら、畑中商店の地味噌を使った地元の料理を食べてみたいと思い、郡上市大和町大間見にある飲食店「八屋」を訪ねました。風情ある建物の中で、旬の郡上の食材を使った和食を楽しむことができます。今回は日替わりランチ「花かごランチ(864円)」と、郡上の定番郷土料理「けいちゃん(570円)」を注文。

郡上の地みそ 宝暦みそ09

初めは「花かごランチ」。864円でこのクオリティ!安すぎませんか。
「お味噌汁は畑中商店さんの地味噌を使っています」とお店の方に教えていただいたので、早速お味噌汁からいただきます。

郡上の地みそ 宝暦みそ10

香りも味もずっしりと深いけれど、やっぱり出汁の香りもしっかりと活きている。そして後味はスッキリして柔らかい。力強さと品を兼ね合わせています。うん、これ好きだな。一気に旅の疲れが癒えます。

郡上の地みそ 宝暦みそ11

続いて、畑中商店さんの地味噌を使った「けいちゃん」。「けいちゃん」は「鶏ちゃん」とも書かれ、味噌などの調味料に漬け込んだ鶏肉を、キャベツなどの野菜と一緒に炒めたもの。蓋を開け、湯気の中からお目見えしたきらめく姿に誘われて鶏肉かぶりつくと、甘味と辛味と旨味が一気に口に広がりました。ジューシーで濃厚!そこでキャベツが合わさると口の中がさっぱりして、もう一口と箸が進んでいきます。

なお、お店のメニューは全体的にコストパフォーマンスが高くて、店内もスタッフも雰囲気が良い。ここいいな。また来よう。

郡上の地みそ 宝暦みそ08 郡上の地みそ 宝暦みそ10
郡上の地みそ 宝暦みそ09 郡上の地みそ 宝暦みそ11
miyamotoプロフィール画像

miyamoto

自然の恵みに謙虚に向き合う「農家&麹屋」の夫と、伝えることを追求する「醤油ソムリエール&デザイナー」の嫁が、地に根ざした日本の「食文化」を100年後の未来に繋げるべく結成したユニット。発酵食を裏で支える農業・水産業・林業にも寄り添いながら日本の食の底上げを計る。

夫:宮本貴史

2016年に麹業界に新規参入した「麹ベンチャー」。無農薬・無化学肥料で大豆や米を育てて味噌仕込みをするうちに、発酵の世界に魅せられ、愛知県西尾市西幡豆町で麹屋を営み始める。年間1000人以上の人を対象に「味噌・醤油仕込みの会」も開催。

嫁:黒島(宮本)慶子

醤油、オリーブオイルソムリエ&デザイナー。小豆島の醤油の町に生まれ、蔵人たちと共に育つ。小豆島を拠点に全国の蔵人を訪ね続けては、デザイン、執筆、レシピ作りなどを通じて、人やコトを結びつけ続けている。玄光社から『醤油本』を出版。

Photographs by miyamoto